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2007年08月03日

芸能界に“ハデ婚”復活!うの披露宴12年ぶりニューオータニ

派手だからこそ、逆に派手じゃなく感じる、それがうのの魅力だよね。

タレント、神田うの(32)が12日、自身がプロデュースするウエディングブランドの新作発表会で、婚約中のレジャー産業グループ社長、西村拓郎氏(37)と10月8日に東京・紀尾井町のホテルニューオータニ東京で挙式すると発表した。

 会場は最大1150人収容できる宴会場「鶴の間」。同ホテルは昭和38年に大谷米太郎氏によって創業。大谷氏が力士だったため、大相撲関係者の挙式やイベントに多く使用され、平成7年に元横綱の貴乃花親方夫妻が“4億円披露宴”を行って話題に。同所での挙式では貴乃花親方以来、12年ぶりの大披露宴となる。

 芸能人の結婚はバブル崩壊後、低迷する経済に歩調を合わせるように、ファクスで報告したり自身のブログで発表する“ジミ婚”が目立ち、挙式するカップルもひそかに挙げるパターンが多かった。が、先月30日に女優の藤原紀香(35)とお笑い芸人、陣内智則(33)が神戸市のホテルオークラ神戸で推定5億円の豪華挙式を行い、昭和時代の“ハデ婚”が復活。うのはそれに続く形となった。

ちなみにうのの経歴は下記になります。

来歴・人物
1975年、東京都目黒区に生まれる。本名でもある「うの」は、持統天皇の幼名「鵜野讃良皇女(うののさららのひめみこ)」が由来であり、幼い頃はこの「ひめみこ」をとって両親や祖母から「ヒメ」と呼ばれて育つ。旧・通商産業省のキャリア官僚(技官)だった父親の仕事の関係で1歳のときにインドネシアのジャカルタに移住。4歳までインドネシアで過ごしたのち帰国、横浜に居を移す。5歳のときにバレエをはじめる。谷桃子バレエ団に所属。

1990年には、東京新聞が主催するバレエコンクールに入賞。バレリーナとしての将来を期待され、ダメもとで受験した「アジア人はほとんどいない」と言われる、パリにある全寮制のバレエ学校(コンセルバドワール)に見事合格。だが、日本を離れ、フランスでひとり寮生活をおくることに耐えられず、先生たちの期待や希望にそむいて世界的プリマとなる夢は断念する。1992年、17歳で中部全日本バレエコンクールのジュニア部門1位を受賞、東京全日本バレエコンクール入賞。

2006年11月5日、うのが23歳のときに出会い、約8年の月日を経て現在の関係になったというパチンコチェーン店、不動産会社を経営する西村拓郎(日拓リアルエステート株式会社社長)と都内料亭にて結納を交わし、13日、報道陣に億単位の婚約指輪(5caratのdiamond)を披露した。

両親は一般人だが、自身だけでなく2人の弟もまた芸能界に関わっている。上の弟・神田伸一郎は、東京農工大学大学院中退。ハマカーンというコンビを結成し現在NHK爆笑オンエアバトル等で活躍中。下の弟・昇二郎は、上智大学文学部哲学科卒。俳優希望でVシネマ等に出演。

モデルからタレントに
子どもの頃から街を歩くたびに芸能事務所からスカウトされ、何枚もの名刺をもらい続けるが、家族に反対され実現ならず。本人も「芸能」には興味がなかったが、当時からファッション好きだった彼女は、モデル事務所からのスカウトに興味を抱き、親を説得。1989年、14歳でモデルとしてのキャリアをスタートさせる。広告などのモデルを経て、3年後の17歳のときに雑誌『プチセブン』(小学館刊)のモデルに。

クリエイターとして
1999年、毛皮メーカーとのコラボレーションで「コスタ・モーダ・ウノ」ブランドを発表、その後サングラスブランド「U-NO」を発表し、現在ではストッキング・下着(トゥシェ・ウノコレクション)、ウエディングドレス(シェーナ・ドゥーノ)、ジュエリー(デュノア)、の3つの自己ブランドのデザイナーとして活躍中。

2005年春には南青山に推定5億円ともいわれる豪邸(通称・パンスト御殿)を建てたことで話題になった。2004年にデザイナーとしてパリコレデビューを果たし、2006年10月にはN.Y.コレクションデビューも果たした。

ゆりあが思うにはクリエイターとしての能力に一番長けているのではないか思います。

こ話は変わるけど、これからまたバブリーな時代になるのでしょうか。それを期待しつつゆりあは現実と向き合っていきます。


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